東京地方裁判所 平成8年(ワ)25349号 判決
原告 有限会社ジェイ・エス・アソシエーツ
右代表者代表取締役 桜井潤治
右訴訟代理人弁護士 澤藤統一郎
被告 第一商品株式会社
右代表者代表取締役 中島秀男
右訴訟代理人弁護士 肥沼太郎
同 三崎恒夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五五〇〇万円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告に対し商品先物取引を委託した原告が、被告従業員の断定的判断の提供による勧誘や過大建玉誘導等を用いた手口によるいわゆる客殺し商法により被害を受けたとして、不法行為(使用者責任)に基づき、被告に対し委託証拠金等として交付した金員と被告から返還を受けた金員との差額及び弁護士費用相当額の損害賠償並びに遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等(括弧内に証拠等が掲記された事実は、同証拠等によって認められる事実であり、その余は当事者間に争いがない事実である。)
1 当事者
原告は、原告代表者桜井潤治が昭和六二年一〇月一九日に資本の総額一〇〇万円で設立した有限会社である。
被告は、商品先物取引の受託を主たる業とする株式会社であり、東京工業品取引所、東京穀物商品取引所等の商品取引所に所属する商品取引員である。
2 本件取引
原告は、被告に委託して、平成五年九月三〇日(以下、年の記載を省略するときは同年を指す。)から平成六年七月一八日までの間、別紙各売買一覧表のとおり、大豆(東京穀物商品取引所)、小豆(同取引所)、ゴム(東京工業品取引所)、金(同取引所)及び金・白金のストラドル取引(同取引所)の先物取引を行った(以下「本件取引」という。)。本件取引の委託手数料及び本件取引による差損益(委託手数料・税金を含めたもの)は、次のとおりであり、合計で五三九〇万五九一九円の損失勘定であった。
<1> 銘柄 大豆
委託手数料 一四七万八〇〇〇円
差損益 九〇八万四五八七円の損
<2> 銘柄 小豆
委託手数料 一八〇万円
差損益 六〇七万五二八八円の損
<3> 銘柄 ゴム
委託手数料 二九七万九〇〇〇円
差損益 三〇六五万八〇七八円の損
<4> 銘柄 金
委託手数料 一八八万六〇〇〇円
差損益 九九六万八二八二円の損
<5> 銘柄 ストラドル(金・白金)
委託手数料 一一五万二〇〇〇円
差損益 一八八万〇三一六円の益
3 原告は、被告に対し、委託証拠金等として、九月三〇日に五〇〇〇万円(額面二〇〇〇万円及び一〇〇〇万円の各小切手と現金二〇〇〇万円)を預けたほか、一〇月一五日に四一万二〇〇〇円、平成六年七月一一日ころに一二一〇万三七四〇円を預けた。その合計は、六二五一万五七四〇円である(甲四、一七、乙五及び八の各二、証人小林、原告代表者)。
被告は、原告に対し、平成六年三月二五日に四〇〇万円、同年九月一日に四八二万二九二五円の合計八八二万二九二五円を返還した(乙五の一、乙一二の二、弁論の全趣旨)。
二 争点
被告従業員による本件取引の勧誘等における不法行為の有無
(原告の主張)
1 本件取引に至る経過及び本件取引の態様等
(一) 原告は、原告代表者が定年退職後に技術コンサルタントなどをして自立することを想定して設立した会社であるが、事業活動を行っておらず、特に見るべき資産もなく、事実上原告代表者と同一人格である。
原告代表者は、昭和一三年に生まれ、学習院大学理学部を卒業した後、一貫して技術職として富士通株式会社等に勤務してきた者であり、経済知識に乏しく、投資や投機とは縁が薄かった。原告代表者は、昭和六三年に被告に委託して貴金属の先物取引を経験したこともあるが、一年ほどの間に約六〇〇万円の損失を被って撤退しており、先物取引には懲りていた。
原告代表者は、本件取引当時、富士通株式会社に勤務しており、年収は約八〇〇万円であった。
(二) 原告代表者は、昭和六三年の取引の後、被告から数回送られたダイレクトメールにより、セーフティー・ゴールドという元本保証の利回り確定型商品(以下単に「セーフティー・ゴールド」という。)を知った。
セーフティー・ゴールドとは、金地金についての先物取引における、期近と期先の各約定値段の差に着目した「鞘取引」と呼ばれる手法を、被告において独自の金融商品として、命名し発売したものである。
原告代表者は、平成五年、世田谷区の自宅を売却し、その売却代金で横浜に居住用建物を建築することを計画していたところ、右売却代金の保管方法として、被告のセーフティー・ゴールドを購入することを思い立った。これは、投機や投資の意図からではなく、「元本保証で確定利回り」という謳い文句に惹かれたためである。
そこで、原告代表者は、九月一一日、被告に連絡をした上で被告の本店(神泉店)に赴き、被告の登録外務員小林武(以下「小林」という。)及び小野孝(以下「小野」という。)と面談し、セーフティー・ゴールドを三〇〇〇万円分ほど購入したい旨申し込んだが、小林らは、セーフティー・ゴールドの販売量については監督官庁により枠が決められているので上司と相談しなければ販売できるかどうか分からないなどと話した。小林らの右説明内容が虚偽であることは明らかであるから、被告がセーフティー・ゴールドを先物取引の勧誘のおとりに用いているものと推察できる。
(三) その後、原告代表者は、被告からセーフティー・ゴールドの販売が可能であるとの連絡を受け、九月二二日、被告の本店を訪れ、小林及び小野との間で、同月末日にセーフティー・ゴールドの代金三〇〇〇万円を入金し、その利回りを年五分とする旨の合意をした。
原告代表者は、その際、小野らに請われるまま、原告名義のセーフティー・ゴールド取引申込書に署名押印したが、その後、代金支払日でなければ契約を締結できないと言われ、右申込書を返却された。
なお、原告代表者は、同日、小野に請われるまま、原告名義で先物取引に関する約諾書(乙第一号証)を作成しているが、これはセーフティー・ゴールドの購入手続に付随して必要と言われて作成したにすぎず、リスクのある先物取引を行う意図があったわけではない。
(四) 原告代表者は、九月二八日、被告の本店を訪れ、小林、小野及び被告取締役義国正人(以下「義国」という。)と最終の打合せをし、セーフティー・ゴールドの資金を五〇〇〇万円に増額してこれを同月三〇日に入金し、その利回りを年五分とする旨の合意をした。
ところが、義国らは、その際、原告代表者に対し、第一トレーディングシステムというコンピューター・テクニカル分析プログラム(以下単に「第一トレーディングシステム」という。)を利用した先物取引の勧誘を始めた。義国らは、「セーフティー・ゴールドの投資資金を寝かせておくのはもったいない。これを委託証拠金に流用して先物取引ができる。」「我が社が開発した優秀なコンピューター・テクニカル分析の第一トレーディングシステムを利用すれば、一年を平均すると二〇ないし三〇パーセントの利益が得られる。」「第一トレーディングシステムの実績は、利益回数率が八〇パーセント、年間平均の利益は証拠金に対して六ないし七倍である。」 「このシステムは、先物取引の顧客の中でも限定された対象者だけに提供されるものであり、社内でも一般の顧客担当の営業部員には知らされていないものである。」などと述べた。しかし、原告代表者は、第一トレーディングシステムによる取引も先物取引の一種であると考えて、これを申し込む気持ちにならなかった。
(五) 原告代表者は、九月三〇日、原告代表者の自宅に乗用車で迎えに来た小林と共に、被告の本店に赴き、義国に対しセーフティー・ゴールドの購入代金として五〇〇〇万円を支払った。
しかし、義国らは、同日も、原告代表者に対し熱心に第一トレーディングシステムによる取引の勧誘をし、第一トレーディングシステムが商品先物取引の形式ではあるものの実際には先物取引と異なるシステムであって、株式の投資信託に相当するものである、第一トレーディングシステムによる取引が商品ファンドを先取りしたものであって商品先物取引とは全く異なる、法律上一任売買が禁止されているので形式的に注文を出してもらうが自分達に任せてもらえばよいなどと述べた。
原告代表者は、全く先物取引をするつもりがなかったものの、これらの義国らの言葉に幻惑され、またその執拗な勧誘に抗し切れず、「セーフティー・ゴールドの利回りの範囲内の金額であれば、第一トレーディングシステムに入ってもよい。」と言ってしまった。右発言の真意は、リスクをセーフティー・ゴールドの確定利回り額に限定する規模の取引を承諾したにすぎないものである。しかし、被告は、原告代表者の右真意を知っていたにもかかわらず、原告を過大な本件取引に引き込んだのである。
(六) 本件取引は、いずれも、被告が第一トレーディングシステムというコンピューターの指示によるものとして勧誘し、又は被告の従業員であった小原哲明(以下「小原」という。)が指示したものであって、原告代表者自身が判断したものは皆無である。原告代表者は、相場変動の要因について知識も情報もなかったから、自らの判断では取引を行いようがなかった。
原告代表者は、自宅においてファクシミリで第一トレーディングシステムの指示を受け取り、次いで小原から電話で具体的に銘柄や売り買い、建て落ちの別、枚数について指示を受け、これに従っていた。小原は、本件取引当初はコンピューターに忠実な指示をしていたが、途中から、「大きな声では言えませんが、第一トレーディングシステムの指示はあまりあてにならない。私の相場観の方がよほど確かである。」と言い始め、必ずしも第一トレーディングシステムの指示と同じではない指示をするようになった。原告代表者は、これを奇妙に思ったが、小原の言に従わざるを得なかったものである。
2 被告従業員の違法行為
(一) 適格性を欠く者に対する勧誘
商品取引員ないし外務員は、先物取引に対する知識、資力及び意欲についての適格者のみを先物取引の勧誘ないし受託の対象とすべき義務を負うところ、これには勧誘対象者の属性を正確に把握すべき義務が包含されており、勧誘対象者に適格性がないことが明らかになれば、勧誘を中止しなければならない。
前記のとおり、原告代表者は、元本が保証され利回りが確定している金融商品を望んでいたのであって、投機を希望していなかったことが明らかであり、したがって、先物取引の仕組みや戦術を理解しようとの意欲を欠いていた上、セーフティー・ゴールドを購入する以上の資金的な余裕もなかったから、投機勧誘対象としての適格性を欠いていたことが明らかであったにもかかわらず、被告(従業員)が原告代表者を先物取引の勧誘対象者とした点において被告には違法がある。
(二) 欺瞞的な勧誘手段
義国らが本件取引の勧誘に際し原告代表者に対して話した前記内容(第一トレーディングシステムの実績等)はいずれも虚偽であるから、被告(従業員)は、欺瞞的な方法により、原告代表者に対し、執拗にセーフティー・ゴールドの購入資金を流用した先物取引を勧誘したものである。
(三) 断定的判断の提供
義国らの前記勧誘行為は、利益を生ずることが確実であるとの断定的判断の提供に当たり、商品取引所法九四条一項(当時)に違反するものであるから、不法行為の要件としての違法性を有するというべきである。
(四) 説明義務の不履行
商品先物取引を行う業者は、素人である顧客を勧誘する際、専門家として、また顧客に危険をもたらす行為をする者として、取引の内容を説明する義務を負うというべきであり、その程度・内容は、先物取引の危険性、専門性、非周知性に相応したものでなければならないにもかかわらず、被告(従業員)は、このような説明を一切しなかったものであり、違法である。
(五) 過大取引誘導
(1) 本件取引について各銘柄ごとにみると、<1>大豆の取引については、最大残建玉が八〇枚(取引量二四〇〇トン・約七二〇〇万円、委託証拠金額五六〇万円)に達しており、<2>小豆の取引については、最大残建玉が一〇〇枚(取引量二四〇トン・約一億円、委託証拠金額六〇〇万円)に達しており、<3>ゴムの取引については、一〇月一二日の取引開始後わずか一六日目に建玉枚数が四〇枚となり、五か月後の残建玉は二〇〇枚(取引量一〇〇万キログラム・約二億円、委託証拠金額六〇〇万円)に達しており、<4>金の取引については、最大残建玉が一一九枚(取引量一一九キログラム・約一億五〇〇〇万円、委託証拠金額七一四万円)に達しており、いずれも明らかに過大建玉である。
(2) 被告(従業員)は、一会社員である原告代表者との本件取引において、五〇〇〇万円を超える差損を生じさせたものであり、この事実自体も、本件取引が過大取引であることの証左というべきであって、これを誘導した被告(従業員)の違法性を表している。原告代表者は、第一トレーディングシステムが優秀であり、これに従えば必ず儲かると教え込まれており、本件取引の危険性を認識できなかった。
(3) 本件取引において重視すべき事実は、被告がセーフティー・ゴールド購入代金として預かっていた五〇〇〇万円を委託証拠金に流用できたことである。
一般に、委託証拠金は、過大建玉を防止し、相場が予想と逆に進行した場合に委託者に手を引かせる警鐘となる機能を有するものであるが、本件においては、委託証拠金五〇〇〇万円があらかじめ被告のもとにあったから、過大建玉への防壁がなく、被告による過大取引誘導が容易であった。
(六) 無益な頻繁売買
被告(従業員)は、本件取引において、原告代表者の無知に乗じて繰り返し有害無益な両建(同時に買いと売りの双方が建っていること)や途転(既存の建玉を仕切り、即日それと反対の建玉を行うこと)をさせた。
(七) 誤情報の提供
被告(従業員)は、以下のとおり、原告代表者に対し、ゴムの取引について意識的に誤った情報を提供した。
すなわち、平成五年一〇月から平成六年七月までの取引期間中、ゴムの相場は、一貫して上昇基調で推移し、この間、値上げを予想させる材料ばかりであって値下げを予想すべき根拠はなく、大衆投資家向けの情報紙においても値上げ予想情報が提供されていた。しかし、小原ら被告の従業員は、原告代表者に対し、「米国の自動車メーカーは、既に原料を十分に手当てしており、高値ではむしろ売りに出る。」「国内メーカーは、自動車の売れ行きが落ちてゴムの原料を買う意欲がない。」「国際ゴム機構が在庫を放出し、市場を冷やす。」などと意識的に誤情報を提供し、情報に疎い原告代表者を、委託者の大勢とは反対側のポジションである売りに誘導したもので、違法である。
(八) 向かい玉
(1) 被告は、平成六年六月二三日以降、東京工業品取引所における同年七月限及び同年八月限のゴムの取引において、原告の建玉と反対の自己玉(向かい玉)を建てていたところ、被告は先物取引を専門としているのであるから、自己玉が利益となるよう最大限に合理性を追求した取引を行ったものと推認される。実際、当時の相場の推移は、ほぼ一直線の騰貴の局面であって、被告は、同年六月二一日以後、急速に売玉を手仕舞いして買玉を建て増し、同月二四日には、いわゆる売り越しの状態から買い越しへと切り替えた。
しかし、被告は一方で、同年七月一三日、原告を誘導して原告の買建玉のうち一〇枚を仕切らせると同時に、一〇枚の売建をさせ(途転)、また翌一四日にも途転を行わせている。
これらの事実によれば、被告は、自らは利益となる買建玉を増やす一方、原告には損となる売建玉を押しつけたことが明らかであり、自らの利益のために委託者である原告との利益相反関係を意識的に作り出し、原告の利益に反する取引の誘導を行ったというべきである。
(2) また、右のゴム取引においては、被告の自己玉が全委託者との関係で向かい玉となっていることが明らかであって、このことは、被告に客殺しの体質があることを推認させる重要な根拠の一つである。
3 被告の責任
右各違法行為は、いずれも被告従業員が被告の業務として行ったものであるから、被告は原告に対し、民法七一五条に基づき使用者として後記損害を賠償する責任がある。
4 原告の損害
本件取引に関して原告が被告に対し預けた金員は六二五一万五七四〇円であり、被告から返還された金員は八八二万二九二五円であるから(前記争いのない事実等3参照)、原告の本件取引による損害額は、その差額五三六九万二八一五円である。また、原告は、本件訴訟の提起追行を原告代理人に委任するとともに、同人に対し、報酬を支払う旨約したところ、この報酬のうち五〇〇万円が被告の不法行為と相当因果関係を有する損害である。
5 よって、原告は、被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づき、前記損害合計額のうち五五〇〇万円及びこれに対する弁済期後である平成六年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
1 原告代表者の学歴、職歴及び本件取引より前に約一〇か月間にわたり商品先物取引を行って約六〇〇万円の損失を被ったという経験から考えれば、原告代表者が商品先物取引について熟知していたことは明らかである。
2 本件取引は、セーフティー・ゴールドを利用した商品先物取引であるところ、原告代表者は、その仕組みを十分に理解していた。
また、本件取引はその開始当初には第一トレーディングシステムの指示による商品先物取引であった点に特徴があるところ、原告代表者は、これが損失を被る可能性を有することについて理解していた。
3 本件取引は、すべて原告の意思と判断に基づいて行われた。すなわち、小野、小林らは、原告代表者との間で、おおむね電話によりその都度原告の注文内容及び取引に必要な委託証拠金額等を確認して受注し、また成立した売買については原告代表者に報告するとともに、委託売付・買付報告書及び計算書を送付してその確認を求めながら取引を継続していた。さらに、被告は、本件取引の間毎月一回、原告代表者に対し残高照合通知書を送付し、未決済建玉の内訳、値洗差金額、委託証拠金必要額、預かり証拠金額及び返還可能額等について照合、指示を求めていた。
4 小原が原告に対し意識的に誤情報を提供したとの事実は否認する。そのような情報は、現実に存在していた。
5 仮に、被告の自己玉が向かい玉の形になっているとしても、それだけで被告の行為が違法となるものではない。また、向かい玉、自己玉に関する農林省農林経済局長通達等の規制の趣旨は、規制の範囲内の自己玉については一切向かい玉の問題として取り上げないというものであるところ、被告が建てていた自己玉は、すべて右通達等による規制の範囲内であったから、違法ではない。
第三当裁判所の判断
一 本件取引に至る経緯等
前記争いのない事実等のほか、証拠(甲一の一、二、甲二ないし四、六及び七の各一ないし三、甲一六の一ないし一一、甲一七、乙一、二、三の一、二、乙一四ないし一六、一七の一、二、乙一八、二〇、証人小野、同小林、同小原、原告代表者(甲四、一七及び原告代表者については、後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告代表者
原告代表者は、昭和一三年三月八日に出生し、学習院大学理学部を卒業した後、米国の大学院での物理学の研究などを経て、昭和五一年に富士通株式会社に就職し、集積回路の研究・開発などに従事した経歴を有する者である。
原告代表者は、九月当時、富士通テクノリサーチ株式会社に勤務し、年収一〇〇〇万円程度を得ており、現金・預貯金五〇〇〇万円、有価証券一〇〇〇万円の資産を有していた。
原告代表者は、以前、NTTの株式や一〇〇万円分の投資信託を購入したことがあるほか、昭和六三年三月から同年一一月まで、被告に委託して貴金属(金、銀、白金)の先物取引をし、五九七万一一〇〇円の損失を被った経験がある。この取引の被告担当者は、小林であった。
2 被告の商品等
被告(小林ら従業員)は、前記取引終了後である平成三年ころから、原告代表者に対し、セーフティー・ゴールドの購入を勧めるちらし等を数回にわたって送付していた。セーフティー・ゴールドとは、委託者が先物取引市場で金の最も先の限月の売玉を建てるとともに、被告が委託者に対しその売値より安い値段で金の現物を売り、委託者が限月の納会時に金の現物を現渡しにするという元本保証の金融商品であって、その後の金の価格変動には関わりなくあらかじめ委託者の得る利益が確定しているものであり、右ちらしにも同趣旨の説明が記載されていた。
また、小林は、平成四年ころから、原告代表者に対し、第一トレーディングシステムの案内資料を送付し、また電話をして、第一トレーディングシステムを利用する商品先物取引の勧誘をしていた。第一トレーディングシステムとは、被告の従業員が商品先物取引市場の相場に影響すると考えられる様々な要因を数値化して日々これを入力することを前提として、短期ないし中期的な将来の相場動向を計算・予測して売買判断の指示を出力するよう構築された、被告の開発に係るコンピューターソフトである。右指示の内容は、銘柄ごとに売り買いの別、限月、売買条件等(指値等)が示されるものであり、不定期的に月数回程度出力され、二回目以降は原則として両建ではなく途転を指示するものとされていた。第一トレーディングシステムの対象銘柄は、当初、金、小豆及び大豆の三銘柄であったが、その後、ゴムや白金等も加えられた。
3 九月一一日の状況
原告代表者は、九月一一日、三〇〇〇万円程度の資金を被告に預けてセーフティー・ゴールドを購入しようと考え、被告の本店を訪れた。小林と小野は、原告代表者に対し、第一トレーディングシステムについて説朋し、セーフティー・ゴールドの委託証拠金を活用して、同システムによる商品先物取引をするよう勧誘した。原告代表者は、関心を示したが、直ちには承諾しなかった。
4 九月二二日の状況
原告代表者は、九月二二日に被告の本店を訪れ、小林と小野は、再び第一トレーディングシステムを利用して商品先物取引を行うよう勧誘した。原告代表者は、セーフティー・ゴールド取引申込書の用紙に一旦署名押印をしたが、小林らから、入金日の金の価格により契約金額が変わるので後日正式契約する旨言われ、これを提出しないこととし、また、約諾書の用紙(東京工業品取引所等の商品市場における取引の委託をするに際し先物取引の危険性を了知した上で自己の判断と責任において取引を行うことを承諾する旨の文言が記載されており、氏名・商号欄が空欄のものである。以下「本件約諾書」という。)、資産状況、先物取引に対する理解度等に関するアンケート用紙、受託契約準則が記載された冊子及び商品先物取引委託のガイドを小林らから受け取って持ち帰った。
5 九月二五日の状況
小林は、九月二五日、東京都世田谷区所在のファミリーレストランにおいて、原告代表者に会い、第一トレーディングシステムの指示内容等について説明し、これを用いた投資方法等を提案した書面を同人に渡した。
6 九月二八日の状況
原告代表者は、九月二八日、原告の代表者として署名押印した本件約諾書及び記入済みのアンケート用紙(年収が一〇〇〇万円であって、現金・預貯金五〇〇〇万円及び有価証券一〇〇〇万円の資産を有する旨、以前に一〇か月間くらい商品先物取引をした経験があり、相場の変動等によって委託追証拠金等を必要とする場合もあることを理解している旨などを記入したもの)を持参して被告の本店を訪れ、これらを小林に渡し、第一トレーディングシステムの指示を参考にして商品先物取引を行うことを原告名義で被告に委託した上、その委託証拠金にはセーフティー・ゴールドの委託証拠金として預ける資金を流用することとし、また、その資金額を予定より増額して五〇〇〇万円とすることとした。
7 九月三〇日の状況
原告代表者は、九月三〇日、金融機関に赴いて五〇〇〇万円(小切手二通及び現金)を調達した上、同人に同伴していた小林に対し、,第一トレーディングシステムの指示を参考にして行う商品先物取引の委託証拠金に流用する前提で、セーフティー・ゴールドの委託証拠金として右五〇〇〇万円を預けた。
その後、原告代表者は、小林と共に被告の本店に赴き、義国と会った。義国は、原告代表者に対し、被告に先物取引を委託することについて確認するとともに、第一トレーディングシステムの性能の良さなどについて述べた。そして、第一トレーディングシステムが同日より少し前に大豆について買建の指示を出していたことから、小林らは、その旨伝えて原告代表者に大豆の買建を勧めたところ、原告代表者はこれに応じて米国産大豆の買建玉一五枚を注文し、被告はこれを執行した。
(なお、甲第四、第一七号証及び原告代表者尋問の結果中には、原告代表者は、全く先物取引をするつもりがなかったものの、同日、右義国らが原告代表者に対し第一トレーディングシステムは先物取引とは異なるシステムであり、株式の投資信託に相当するものであり、形式的に注文を出してもらうが自分達に任せてもらえばよいなどと述べたことから、セーフティー・ゴールドの利回りの範囲内の金額の限度に限って第一トレーディングシステムを利用した先物取引を行うこととしたとの部分があるが、原告代表者は、セーフティー・ゴールドの利回りを超える損失が発生していることを認識しながら、更に取引を続けたこと、平成六年七月に追証拠金一二〇〇万円余を支払っていること等の本件取引経過のほか、乙第一八号証及び証人小林武の証言に照らし、にわかに採用することができない。)
8 一〇月の状況
(一) 小野は、第一トレーディングシステムからゴムの売建の指示が出たことを受けて、一〇月一二日ころ、原告代表者に電話をしてその旨伝えると、原告代表者は、ゴムの売建玉二〇枚を注文し、被告はこれを執行した。
(二) 原告代表者は、一〇月一三日、被告の本店を訪れ、義国及び小原との間で、通常の先物取引の口座とセーフティー・ゴールドの口座を同一とし、セーフティー・ゴールドの委託証拠金として預けた資金を利用して先物取引を行うこと、相場の変動によっては預託した資金が全額戻らない場合もあること、先物取引における売買差損金や委託証拠金が納入されない場合にはセーフティー・ゴールドの解約が必要となることが記載された確認書に署名押印した。
(三) 原告代表者は、一〇月一五日、セーフティー・ゴールドの取引として、被告から金地金現物合計四二キログラムを五〇四一万二〇〇〇円で買い、被告(小原)に対し、委託証拠金の不足分として四一万二〇〇〇円を預けた。
9 勧誘の態様と原告代表者の理解
以上の本件取引に至るまでの原告代表者に対する数回の勧誘において、小林ら被告の従業員は、第一トレーディングシステムについて、過去の相場をシミュレーションした結果では投資資金が倍になっている、利益回数率(結果的に利益を得る割合)が八〇パーセント前後であって、一年間平均の利益が証拠金に対して六ないし七倍になっているなどと述べて、その性能の良さを説き、同様の説明内容等が記載されている第一トレーディングシステムの解説書(甲第三号証)を交付した。この解説書には、右実績は「あくまでも過去のデータによるシュミレーションですので今後の市況動向によって思い通りのパフォーマンスが出ない場合や損切りが連続して起こる場合も考えられます。」との記載もあった。
原告代表者は、小林らの右のような説明を聞き、また右解説書を読むなどして、第一トレーディングシステムが相場に影響すると考えられる一〇〇以上の要因(パラメーター)を考慮して商品先物取引相場を予測するコンピューターソフトであるから、人間が主観を交えてこれを予測するよりも客観的に予測できるであろうと期待したが、第一トレーディングシステムによる取引も先物取引であること、同システムは政治情勢や経済情勢が相場に与え得る影響が考慮されないこと等から完全なものではないこと、そのような考慮されない要素等については被告の従業員が情報を補完して提供することなどについて理解し、また、昭和六三年に先物取引で六〇〇万円近く損をした経験を通じて商品先物取引が多額の損失を被る危険があることを十分に認識しており、第一トレーディングシステムの指示に従って取引をしたとしても、それが先物取引である以上、投資した元本の返還が保証されるわけではなく結果として大きく損失を被る可能性があること、相場の変動等によって委託追証拠金等が必要となる場合もあることを認識した上、本件取引を開始した。
10 その後の取引経過
(一) 本件取引については、小原が主にこれを担当し、第一トレーディングシステムから指示が出されるとこれが記載されたファクシミリを原告代表者に送信し、原告代表者が、右指示どおりに建玉を注文するかどうか、限月及び枚数等について判断し、電話であるいは被告の本店を訪れて小原らに対し注文していた。
小原ら被告の従業員は、原告代表者との連絡の際、その求めに応じ、国内外の経済情勢等について述べることもあった。
被告の従業員は、原告に対し、受注し成立した売買について、その数日後に委託売付・買付報告書及び計算書を送付して取引内容の確認を求め、また、毎月一回、定期的に残高照合通知書を送付して、未決済建玉の内訳、値洗差金額、委託証拠金必要額、預かり証拠金額及び返還額等について照合を求めていたところ、原告代表者はこれに対し異議を述べたことはなかった。
(二) 小野は、平成五年一一月上旬ころ、白金が金と比較して安くなっていることから、金を売って白金を買うストラドル取引をすれば利益を得る可能性が高いと考え、第一トレーディングシステムとは無関係に原告代表者にストラドル取引を勧めたところ、原告代表者はこれを始めることとし、金三〇枚の売建及び白金六〇枚の買建を注文し、被告は一一月四日にこれを執行した。この取引については、利益が出ている。
(三) 原告代表者は、本件取引開始から数か月間は第一トレーディングシステムの指示内容に沿って注文していたが、前記のとおり第一トレーディングシステムとは無関係にストラドル取引を開始し、また第一トレーディングシステムによるいわゆる損切りの指示に従わず、途転をしないで両建をするなど、次第に自己の判断により第一トレーディングシステムの指示の趣旨とは異なる注文もするようになった。
第一トレーディングシステムは、以前にそれが建玉の指示を出したものについてのみ仕切りの指示を出すよう設定されているところ、原告代表者が第一トレーディングシステムの指示と異なる玉を建てるようになって右指示の必要性が乏しくなったことなどから、その指示を記載したファクシミリ書面は、平成六年六月ころ以降、原告代表者に送付されなくなったが、原告代表者はその後も同年七月まで被告に対し新規建玉の指示を出すなどの取引を続けていた。
(なお、原告は、原告代表者が第一トレーディングシステムの指示に忠実に従っていた旨主張し、甲第一七号証には、平成六年五月二五日に第一トレーディングシステムがゴムの売建玉を買い手仕舞いするよう指示したのを受けて原告代表者が売建玉の損切りを指示したとの記載がある。しかし、前記争いのない事実等及び甲第一六号証の一一によれば、ゴムについて同日に第一トレーディングシステムから出された指示は、九六・四円で建てた売玉(同年八月限)を九七・九円以下確認後大引け九九・四円以上であれば、また九八・五円で建てた売玉(同年八月限)を大引け九八・〇円以下であればそれぞれ買い手仕舞いせよというものであったところ、原告代表者の同日の注文は、同年五月限の売建玉(八九・四円で建てた四〇枚)を買い手仕舞いして損切りする一方、第一トレーディングシステムの右指示に係る売建玉に最も近いと考えられる同年八月限の売建玉(九八・〇円で建てた二〇枚及び九九・四円で建てた二〇枚)を初めとする他の売建玉については買いの指示をせずそのまま維持していたことが認められる。これは、決済期限の迫った同年五月限の売建玉のみを仕切り、他の売建玉は損切りを避けて様子を見ることとしたものとうかがわれるから、原告代表者が第一トレーデイングシステムの指示に忠実に従っていたということはできない。)
(四) 原告の本件取引における損益状況(未決済分を含む)は、平成六年四月ころまでは被告に預けた資金の約二割前後の損失で推移したが、同年五月ころから急激に損失が増え、特に売建を中心に行っていたゴムの値が上昇したことにより大きな損失を被り、同年七月ころには原告が預けた金額では委託証拠金が不足するようになった。
原告代表者は、なんとか損失を回復しようと考え、同月一一日ころ、被告に委託追証拠金一二一〇万三七四〇円を預け、取引を続けたが、結局、同月一八日に全建玉を手仕舞い、取引を終了した。
(なお、原告代表者は、甲第四号証及び原告代表者尋問において、原告代表者が被告に預けていた金員を被告が原告代表者に無断で三回にわたり委託追証拠金としたことが無断売買に当たると供述するが、原告代表者が被告に五〇〇〇万円を預託した趣旨は前記6ないし8認定のとおりであり、被告が右金員を原告との取引の委託追証拠金に充当することは原告代表者との合意に基づくものというべきであるから、右供述部分は採用することができない。)
二 争点に対する判断
1 適格性を欠く者に対する勧誘の主張について
原告は、原告代表者には本件取引の勧誘対象としての適格性がなかったにもかかわらず、原告代表者を勧誘対象としたことは違法であると主張する。
しかし、原告代表者が当初元本が保証され利回りが確定しているセーフテイー・ゴールドを申し込むことを考えていたことは前記認定のとおりであるが、原告代表者が損失を被る可能性のある取引をする意思が全くなかったとの事実を認めるに足りる証拠はなく(この点に関する甲第四、第一七号証及び原告代表者尋問の結果は、前記認定の取引経過等に照らし、採用することができない。)、かえって前記認定の経緯に照らすと、原告代表者は、場合によっては、損失を被る危険を負担しても大きな利益を得る可能性のある商品先物取引をする意思も有していたものと推認される上、原告代表者には、被告に委託して商品先物取引をした経験があり、その危険な側面を十分理解していたこと、本件取引を始めるに当たり被告に対し、原告代表者の年収が約一〇〇〇万円であり、現金・預貯金五〇〇〇万円及び有価証券一〇〇〇万円の資産を有する旨記入したアンケート用紙を自ら提出しており、実際にもほぼそのとおりの資産を有していたことなどを考慮すると、原告代表者が本件取引の勧誘対象としての適格性を欠いていたということはできない。
2 欺瞞的な勧誘手段の主張について
小原ら被告の従業員が原告代表者を勧誘するに際し第一トレーディングシステムの過去のシミュレーション結果等を述べたことは前記認定のとおりであるが、その内容が虚偽であると認めるに足りる証拠はなく、また、原告代表者がその勧誘によって何らかの錯誤に陥ったとの事実を認めるに足りる証拠もないから、この点に関する原告の前記主張はその前提を欠き、採用することができない。
3 断定的判断の提供の主張について
原告は、義国らの勧誘が断定的判断の提供であって違法であると主張する。
しかし、前記のとおり、被告の従業員らは、第一トレーディングシステムにおける過去のシミュレーション結果等が良いなどと述べたにすぎず、原告代表者が受け取った解説書にも、あくまで過去のデータによるシュミレーションであるため、今後の市況動向によっては損切りが連続して起こる場合等が考えられるなどとその性能の限界が記載されていたから、被告の従業員が第一トレーディングシステムの指示に従えば利益を確実に得られる旨断定的な判断を提供したとは認められず、他に被告の従業員らが断定的判断の提供をしたと認めるに足りる証拠はない。
なお、原告代表者も、第一トレーディングシステムの性能及び限界を理解し、商品先物取引である以上この指示に従っても結果として損をする可能性があることを十分理解していたことが認められるところである。
以上によれば、この点についても、被告の勧誘が違法であるということはできない。
4 説明義務の不履行の主張について
原告は、説明義務の不履行があったと主張する。
確かに、小林ら被告の従業員は、原告代表者を勧誘する際に商品先物取引の基本的仕組みやその危険性等について格別の説明はしなかったことが認められる。しかし、原告代表者は、本件取引の勧誘を受けた当時、過去に被告に委託した商品先物取引により損失を被った経験に基づき、商品先物取引の危険性等について十分理解しており、小林らも原告代表者がかつて商品先物取引をしたことがあることを知っており、商品先物取引の基本的仕組みやその危険性を認識していることも知っていたから、本件取引の勧誘に当たって改めて商品先物取引の危険性等について原告代表者に口頭で説明する必要はないと判断したものと推認されること、小林らは九月二二日に原告代表者に受託契約準則が記載された冊子や商品先物取引委託のガイドを交付しており、原告代表者においてもこれを持ち帰って十分に熟慮・検討する時間的余裕があったこと、小林ら被告の従業員は、第一トレーディングシステムについて相当詳細に説明し、原告代表者もその性能や限界について理解したことなどを併せ考慮すると、小林ら被告の従業員に説明義務違反の違法があったとは認めることができない。
5 過大取引誘導の主張について
原告は、被告(従業員)は原告代表者を過大な本件取引に誘導したものであって違法であると主張するところ、本件取引の内容は前記争いのない事実等記載のとおりであり、建玉の枚数等に照らすと、決して小規模な取引であったとはいえない。
しかし、原告代表者は、前記のとおり、昭和六三年に商品先物取引を委託した経験があり、商品先物取引の仕組みや危険性及び本件取引も第一トレーディングシステムの指示を参考にはするものの、その危険性等は通常の商品先物取引と異ならないものであることを十分に認識していたものである。また、前記認定事実のほか、甲第四号証及び原告代表者尋問の結果によれば、原告代表者は、先物取引の委託に際して委託証拠金が必要であることやその意味、委託追証拠金も必要になる場合があること、両建という手法等があることについても理解しており、被告の従業員から送付を受けていた委託売付・買付報告書、残高照合通知書等の書類により、本件取引の規模について十分に把握しつつ、自らの判断でこれを継続していたこと、特に、第一トレーディングシステムの指示は、ある銘柄の建玉・手仕舞いの要否、その条件のみに関するものであり、その取引数量(取引枚数)は委託者である原告代表者が自ら判断していたことも認められるところである。そうすると、本件取引は、商品先物取引の仕組みと危険性を十分に認識していた原告代表者が自らの判断で行ったものであって、被告(従業員)の違法な行為により過大な取引に誘導されたものと評価することはできない。
なお、原告が本件取引を始めるに当たり、あらかじめ被告に委託証拠金として五〇〇〇万円を預けていたことは前記認定のとおりであるが、これも原告代表者の判断によるものであり、何ら右結論を左右するものではない。
6 無益な頻繁売買の主張について
本件取引においていわゆる両建・途転という建玉ないし手仕舞いが行われていることはその取引内容から明らかであるが、両建ないし途転はいわば確立された取引手法の一つであり、それらが一概に委託者にとって有害無益であるとはいえず、両建又は途転が行われていることのみをもって、被告(従業員)が原告代表者に違法な勧誘等を行ったものと評価すべきものではない上、原告代表者がかかる取引方法について十分理解して自らの判断で両建・途転を含む本件取引を継続していたことは前記認定のところから明らかであるから、この点に関する原告の主張は採用することができない。
7 誤情報の提供の主張について
原告は、被告の従業員がゴムの取引について原告代表者に対し誤った情報を意識的に提供し、売玉を建てるよう誘導したと主張する。
しかし、小原ら被告の従業員が原告代表者に対し国内外の経済情勢等について述べたこと、原告がゴムにつき売建を中心に行っていたことは前記のとおりであるが、小原らが話した内容が真実に反しているとの事実やゴムの値下がりを予想すべき根拠がなかったとの事実を認めるに足りる証拠はない(原告は、小原らが「国際ゴム機構が在庫を放出し、市場を冷やす。」との誤情報を提供した旨主張するが、甲第四号証には、国際ゴム機構が当時実際に在庫を放出した旨記載されているところである。)。また、小原らが虚偽であることを知りながら、あえて誤った情報を原告代表者に伝えたとの事実を認めるに足りる証拠もない。
したがって、原告の主張はその前提を欠き、採用することができない。
8 向かい玉の主張について
原告は、平成六年六月二一日から同年七月一五日までのゴム(同年七月限及び同年八月限)の取引に関し、被告の向かい玉の存在を指摘し、原告に対し損となる売玉を押しつけたと主張する。
前記争いのない事実等によれば、ゴムの平成六年七月限及び同年八月限の建玉に関し、原告が同年六月二一日当時に売建玉一〇〇枚及び買建玉四〇枚を有していたこと、その後同年七月一三日に買建玉のうち一〇枚を仕切るとともに新たに一〇枚を売り建てたこと、同月一四日に買建玉の残り三〇枚を仕切るとともに新たに一〇枚を売り建てたことが明らかである。また、弁論の全趣旨によれば、同じくゴムの平成六年七月限及び同年八月限の建玉に関し、被告が同年六月二一日当時に自己玉として売建玉六二枚及び買建玉四枚を有していたこと、その後売建玉が徐々に減少し、同年七月一一日にはすべて仕切られていること、一方買建玉は徐々に増加し、同月一五日には一四八枚の買建玉を有するに至ったこと、被告における全委託者の建玉は、同年六月二一日当時は売建玉が三六二枚、買建玉が四三九枚であったが、その後買建玉が急激に減少し、同年七月一五日には六四枚となったことが認められるほか、同年六月二一日から同年七月一五日にかけて、ゴムの値が部分的には増減しつつ徐々に上がっていったことが認められる。
しかし、原告が平成六年六月二一日当時に有していた売建玉一〇〇枚は同年二月七日から同年三月一〇日までの間に建てたものをそのまま有していたものにすぎず(これを仕切ると、相当額の損失が発生することがほぼ確実であった。)、原告が指摘する平成六年六月二一日から同年七月一五日までの間に新たに建てられた売建玉は二〇枚にとどまること、同年六月二〇日には原告が四〇枚の買建を注文し、これを一月後に仕切って約四〇〇万円の利益を得ていること、前記のとおり原告代表者は先物取引について十分に理解して自己の判断により取引をしていたこと、被告の従業員が、原告の利益に反することを知りながら、原告代表者に対しゴムの売建を勧めたとの事実を認めるに足りる証拠はないこと等の諸事情を併せ考慮すると、被告の前記自己玉が存在することのみをもって、被告の従業員が被告の利益のために原告の利益に反する取引の勧誘を行ったものとはいえず、被告に客殺しの体質があると断定することもできない。なお、全委託者の買建玉が急激に減少したのは、多くの者が仕切って益出しをしたことによるものと推認させるところである。
したがって、原告の主張は採用することができない。
また、他に本件取引の勧誘等について被告従業員に原告代表者に対する不法行為があったと認めるに足りる証拠はない。
三 結論
よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菊池洋一 裁判官 村田渉 裁判官 清藤健一)